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リテールと外食産業、“顧客に選ばれるDX”のカギは「アナログとのバランス」

DX(デジタルトランスフォーメーション)がビジネスの持続可能性のカギを握ることはわかってはいるけれど、なぜ必要なのか、また、どう導入すればいいのかわからない、という人は多いのではないでしょうか。

2023年7月6日に開催されたSORACOM Discovery 2023で行われたセッションでは、パルコや大丸松坂屋百貨店を運営するJ.フロントリテイリング株式会社と、塚田農場を運営する株式会社エー・ピーホールディングスからゲストをお招きして、「リテールと外食産業のデジタル活用の歩みとこれから」をテーマにお話しいただきました。

本ブログでは、このセッションから見えてきた「リテール業と外食産業におけるDXの必要性や導入事例」をご紹介します。
実際にデジタル化を進めてはいるけれど、成果が見えなかったりモチベーションの維持が難しかったりと、さまざまな壁にぶつかっている方にも改めてDXの意義を見つめ直していただける内容です。ぜひ、最後までお読みいただき、業務に活用いただけますと幸いです。

  • ゲスト
    • 株式会社エー・ピーホールディングス代表取締役社長執行役員 CEO 野本周作氏
    • J.フロントリテイリング株式会社 グループデジタル統括部 デジタル推進部 島袋孝一氏
  • モデレーター
    • 株式会社ソラコム テクノロジー・エバンジェリスト 松下亨平(ニックネーム:max)
(左から)株式会社エー・ピーホールディングス代表取締役社長執行役員 CEO 野本周作氏、J.フロントリテイリング株式会社 グループデジタル統括部 デジタル推進部 島袋孝一氏

これまでの認知を基に、デジタルで「塚田農場のおいしさ」を再ブランディング

九州に直営鶏舎を持ち、育てた地鶏を各店舗に届けて提供する「生販直結モデル」で国内外に170店舗を展開する塚田農場。2007年に都内に1号店をオープンしたのち、そのおいしさで人気が広がり、7年後には100店舗を達成するほどのブームを巻き起こしました。

一方、泡でハートマークを描く“生ビールアート”やハート形のチャーハンなど、ビジネスパーソンに向けた遊び心満載のメニューを増やしたことで認知は大きく拡がったものの、「もともと、ちょっと高いけどおいしい店という認知だったのが、エンターテイメント性が強いお店として捉えられてしまうこともあり、ブームが去った後に飽きられる状態に陥った時期がありました」と、野本氏は振り返りました。

野本氏:ただ、「塚田農場」という4文字の認知自体は根強く残っていました。そこで、塚田農場のおいしさは変わらない、ということをもう一度皆さんにお伝えしていきたいという思いでデジタル化に注力することにしました。

居酒屋業界はとりわけ、デジタル化が非常に遅れているんです。集客1つとってみても、これまでは看板やチラシといった手段や、グルメ情報サイトへの掲載をしてお客様を待つといった形です。

ところが、今ではSNS、ディスプレイ広告、地図や検索アプリ内ので表示やオウンドサイトなど、一般的な集客媒体がどんどん増えてきているなかで、これらすべてに対応していかなければならない。お客さまの選択行動はスマホの中に集約されてしまっているんです。SNS上の写真から探したり、Webのオウンドサイトを見てそこから予約に至ります。

そこで塚田農場では、外食で顧客が体験する「認知・検索・予約・来店・飲食・会計・再来店」の一連の流れをすべてデジタル化することにしました。オウンドサイトも充実させ、「トレタO/X」というアプリを導入して予約から会計まで完結できるようにしました。利用後にデジタルクーポンを配信して再来店も促します。

外食での顧客体験の一連の流れをすべてデジタル化した塚田農場

Max:メニュー選択画面ではすごくおいしそうな動画も見られますね。

野本氏:ええ。僕らのお店のメニューは基本的に茶色が多く、似たような見た目になりがちなんです。そこで写真だけでは伝わりづらい部分を、動画で表現しています。いわゆる “映え” ですね(笑)

人件費削減率は緩やかに「アナログ」との掛け算で顧客体験に還元

野本氏:外食DXの目的の一つに人件費削減も挙げられると思います。一般的な飲食店では人件費率が30%と言われる中で、先述したトレタO/Xを導入すれば理論上は20%の削減が可能です。しかし、弊社ではあえて削減率を25%に設定しました。

Max:それはなぜですか?

野本氏:削減しすぎると店内風景が味気ないものになることに気が付きました。そこで削減しすぎることなく、残した5%で接客を手厚くして顧客体験のブラッシュアップを目指すことにしました。「おいしい」が伝わるように商品をしっかり説明したり、テーブルでかつお節を削って仕上げを施したり、エレベーターまでお見送りしたり。感性に訴えかける「アナログ」との組み合わせは、やはり大切です。アプリ導入後も紙のメニュー表兼ランチョンマットも置いているのですが、そこに載せたメニューをアプリ動画でも紹介することで、注文率が向上するというチャレンジを繰り返しています。

「身の丈DX」からトライしていく

J.フロントリテイリングが運営するパルコでは、リテール業界でいち早くデジタル活用の推進に積極的に取り組んできました。専用アプリ「POCKET PARCO」では、事前に登録AIを導入してユーザーの好みに合わせたショップブログやアートコラムなどのコンテンツを充実させて来店を促し、クレジットカードを登録すればQRコードのみで決済ができ支払い時の負荷を軽減し、アプリ限定の優待特典やクーポンの配信で再来店につなげるというきめ細かい施策で顧客のロイヤルティーを高めています。

とりわけ特徴的なのが、歩数計機能です。来店時に歩いた分だけコインが貯まり、買い物で使えるポイントに変換できるという仕組みで、滞在時間を確保して回遊動機を高めることができるため、顧客単価のアップが期待できます。また、アプリがECサイトに直結し、オンライン限定商品も取り扱うことで、リモート環境に慣れた顧客の機会喪失防止にも役立っています。

島袋氏は新卒でパルコに入社後キリンビールに転職し、スタートアップやAIerを歴任したのち、大丸、松坂屋、パルコを運営するJ.フロントリテイリングに戻られました。

島袋氏:一貫して、リテールや飲料メーカーでデジタル支援や運用を担当しています。今までテクノロジーに遠かった人を、どうテクノロジーに近づけてデジタルによって顧客体験をよくするか、そういった支援をやってきました。ちなみに、今日このセッションで取り上げているリテールや居酒屋のDXは、机上で話していても仕方ない。ぜひ、お近くの店舗で実際に試していただけると学びを深めていただけると思います。

ヤプリは、スマートフォンアプリを作る会社ですが、塚田農場さんも含めてかなりユニークなパートナーさんが多いんです。たとえば、「ふくや」という九州の明太子屋さんが実はIoTに取り組まれています。明太子の「IoT」と言われるとイメージが付きづらいと思いますが、冷蔵庫の中にセンサーを入れて明太子がなくなったら通知して自動発注する、という仕組みです。すごく革命的ですよね。(参考記事:「ふくや様明太子IoT事例 〜家庭で使えるIoTと自動発注〜」)

僕の好きな言葉は「身の丈DX」なのですが、このような熟練の職人による商品を扱う「アナログ」の方ともテクノロジーを駆使して、取り組みやすい身近なものからデジタル化に挑戦して、どんどん発展させていくことをライフワークとしています。

お客さま自体の”進化”に食らいつく!スマホ起点の顧客体験アップデートとは

Max:ここからは、お二人にDXをキーワードにした質問をさせていただきます。リテールと外食産業はどちらも直接お客さまと相対するという共通点があります。両者ともにデジタル化によって顧客体験をアップデートされていると思うのですが、そのあたりの狙いについて教えてください。

野本氏:まず、こちらから顧客体験をアップデートする前に、お客さまが進化しているんですね。先ほどお話したように、グルメ情報サイトだけではなく、SNSなど複数のインターフェースを駆使して、スマホの中で選択行動がとられるようになってしまった。

同じ1万円を使うのに、焼肉屋か寿司屋か、お取り寄せか、はたまた服やガジェットを買うか、という購買行動の奪い合いがスマホの中で行われているなかで、居酒屋だけが変わらないとなると取り残されてしまいますよね。なので、まずはお客さま体験自体がアップデートしているところに僕らは食いついていかなくちゃいけない。

必要に駆られて取り組んだ先に伝えたいことはやはり、「おいしい」ということです。以前は32ページのメニューを作成していたのですが、静止画や文字情報だけでは「おいしそう」が伝わりづらいんです。そこで、スマホの中でおいしそうな動画が見られるようにして、おススメのアルコール飲料とのペアリングなど、よりおいしさが伝わる情報を一人一人の手の中にお届けするようにしました。

メニューを見ながら「僕がまとめて頼みますね」というのとはまた別の、一人一人が「おいしそうだからコレ頼んでみよう」という本当に伝えたいことを伝える世界線を作っています。

SNSなど複数のインターフェースを駆使して、スマホの中で選択行動が取られる」(野本氏)

Max:隣のテーブルの料理を見たときに「あれ、おいしそう」と頼むことがありますが、それのデジタル版ですね。体験のリッチコンテンツ化という意味では、パルコさんにも通じる話ですよね。

島袋氏:パルコはデジタル活用での情報発信が多い一方で、ビジネスの根源はリアル店舗ありきなので、店舗での購買体験を高めるためにも回遊性を促す歩数計機能などの仕掛けを入れています。購入後も、「さっきのお買い物はどうでしたか」みたいな形で評価をしてもらう機能もあります。

野本さんがおっしゃったように、生活者のほうがメディアやデバイスの進化に適応しているなかで、事業会社が追いかけている状況ではありますが、いかに新しい価値提供ができるか、コミュニケーションを取りながら考えなければいけない時代になっているかもしれないですね。

地図アプリで検索して出てこないものは目的地にすらならない、と言われるように、今はもうスマホに存在しないものは、そもそもリアルにも存在しないという世界ですよね。

「いいものを提供していれば、いつかは」では置いていかれる

Max:私は製造業出身でして、「いいものを提供していれば、いつかは」という考え方に触れる機会も多かったのですが、それが通用していたのは20年前ぐらいまでですよね。

野本氏:それがまさに居酒屋の感覚でしたね。いいものを作っているとお客さんはリピートするという状況で、飲食以外の業界からやってきた僕は「これはやばいぞ」と。そこで、デジタル化にかじを切り始めました。

Max:なるほど。お客さまの行動をよく見てないといけないですね。

野本氏:ええ。置いていかれます。

Max:購買プロセスを作り上げるうえで、デジタルはキーワードではありつつ、パーツの一つという感じですね。

島袋氏:100人いれば100通りのビジネスがあり、その中でどの程度デジタルでアシスト的な役割を提供できるのかが頭の使いどころかなと、最近は思いますね。

Max:今回のセッションのテーマとして、「アナログ」というキーワードをあえて入れています。「デジタル万歳」もそれはそれでいいのですが、やはりアナログの良さみたいなのもあるんじゃないかと、実は思っています。先ほどの野本さんの人件費削減率を25%でとどめるという話もありましたよね。

野本氏:そうですね。トレタO/Xを導入すると、1組あたりの接客時間はぐっと短縮できるのは事実です。その代わり、先ほどもお伝えしたように顧客体験の満足度を上げる取り組みに力を入れています。ランチョンマットとおすすめの動画を併用することで、3%だった注文率が10%まで上がることもあるんです。やはり僕らのリアルなビジネスというのは、デジタルだけで完結するのではなく、アナログとの組み合わせが大切ですね。

Max:リテールにおけるアナログとデジタルのバランスについてはいかがですか?

島袋氏:販売員の仕事と聞くと接客がメインと思われがちなんですが、品出しや本部へのレポートなどのバックオフィス作業が労働時間の多くを占めています。接客はその合間のわずかな時間に行っているのですが、貴重な顧客と向き合う時間をどう作り出すかを考えたとき、報告作業がスマホでできるなど、デジタルで労務改善が狙える。

店舗運営のデジタル活用というと、すぐにトップラインを上げることを考えがちですが、入館人数をセンサーやカメラで本部が確認できれば、FAXやメールでわざわざ送る工数も省けて、顧客に向き合う時間も増えてコミュニケーションの密度も高まる。そういう頭の使い方はおそらく今後必要になってくるかなと思いますね。

デジタルによる労務改善で顧客と向き合う貴重な時間の創出が狙える、と指摘する島袋氏

DXとは?「手段でありツール」

セッションの最後では、ゲストのお二人に「あなたのDXとは?」というのをお伺いしました。
野本氏からは「必修科目だが、あくまで手段。21世紀の “読み・書き・そろばん”
島袋氏は「デジタルは人を笑顔にするツール」とお答えいただきました。

「実現したい未来・社会に向かうための不可欠な方法論」というのが、このセッションで見えてきたDXなのではないでしょうか。

本セッションの資料(一部)は、SORACOM Discovery のセッションページで公開しています。ぜひご覧ください。

ソラコムでは、各業界におけるIoT導入事例集をご用意しています。デジタル化をご検討される際の参考にしていただけますと幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

―ソラコム 北川(martha)