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宮崎のブランド豚「観音池ポーク」を支えるIoT すべては豚の健康のために

本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/120/4120058/ 文:大谷イビサ 写真:曽根田元

 宮崎県都城でブランド豚「観音池ポーク」を生産する萩原養豚生産組合は、豚が食べる飼料の消費量を把握すべく、SORACOMをベースにしたIoTを導入した。その目的は商品力と売上に直結する豚の健康を知ること。導入を手がけたシステムフォレストとともに、養豚IoTの奥深い世界を紹介しよう。

豚の食べる飼料の消費量をリアルタイムに可視化

飼料残量可視化サービスの導入で効率的な豚の育成を実現

 畜産王国と呼ばれる宮崎県の荻原養豚生産組合(以下、萩原養豚)が手がける「観音池ポーク」は、都城の地名を冠したブランドポークだ。経済連のベンチマークでも優秀な成績を収め、昨年は農林水産大臣賞を受賞している。

 豚の成育は飼料、水、環境の3つで決まると言われるが、萩原養豚はそのいずれにもこだわり抜き、臭みがなく、脂身の甘みを感じやすい豚肉を作り上げている。理事の馬場康輔氏は、「お客さまに聞くと『甘いお肉』『安い肉のような臭みがない』と言われます」と語る。

萩原養豚生産組合 理事 馬場康輔氏

 飼料には特にこだわっており、腸内環境を改善したり、肉の臭みを消す「ネッカリッチ」と呼ばれる炭や木酢酸を配合。肉の甘みを増すために「エコフィード」、近隣の竹をサイロなどで発酵させた「笹サイレージ」も加えているという。前述した農林水産大臣賞の受賞は、こうした環境負荷の低い飼料を使っていることも高い評価の理由になっている。

 こうした手間のかかるブランドポークを効率的に生産するために用いられているのが、システムフォレストの飼料残量可視化サービス 「SiloMANAGER」になる。SiloMANAGERでは、SORACOM経由で収集したデータをMotionBoard(ウイングアーク1st)に集めることで、サイロの中にある飼料の量を可視化している。今まで完全に「勘と経験」だった飼料の補充タイミングが正確に把握できるようになっただけでなく、商品力と売上に直結する豚の健康管理まで行なえるようになったという。

養豚事業者にとって豚の健康管理はなぜ重要なのか?

 豚の健康がなぜ商品力と売上に直結するのか? 今回のIoT導入の前提として、まずは養豚業者の豚の育成フローとビジネスモデル、そして健康管理がなぜ重要かを説明していきたい。

 子豚が産まれ、成長し、食肉となるまでの期間(日齢)は、おおむね180日程度と言われている。この期間、萩原養豚は「繁殖農場」と「肥育農場」の2サイトで豚を飼育している。人工授精で生まれた豚は、養豚場の繁殖農場で3週間を母豚とともに過ごし、その後に同農場内の子豚舎に移動。その後、生まれて72日、重さで30kgを超えると、今度は肥育農場に移り、飼育を経て、一定の重さになると出荷される。出荷の目安は112~120kgだが、ここに至るまでの生育期間が短ければ短いほど、生産効率は高いことになる。

萩原養豚の豚舎

 ここまでのサイクルは前述した180日が一般的だが、荻原養豚の場合は、出荷までの平均日齢が165日なので、生産効率はかなり高い。とはいえ、最短130日で出荷になる場合もあるし、170日の豚もいる。おしなべて短くするにはどうするかを考える必要があった。

 もう1つ養豚業者が用いる指標が「飼料要求率」だ。これは1kg太るために、どれくらいの飼料が必要かといういわゆるKPIで、萩原養豚では2.7。つまり、1kgの食肉を作るために、2.7kgの飼料が必要になる。これをいかに下げるかが、養豚事業者の事業命題となる。「うちの場合、要求率が2.7から2.6に下がることで、900万円程度の利益を見込める」と馬場氏は語る。

 このように養豚ビジネスでは、生産期間を短く、要求率を低く抑えることが成功の方程式と言える。そして、両者で共通して重要になるのが、豚の健康管理だ。豚は非常にデリケートな生き物で、病気やストレスが生育に大きな影響を与える。いくらいい飼料や水を用意しても、健康を損なっている豚は食べる量が少ないため、適切な環境設定が必要になる。萩原養豚の山元容幸氏は、「夜が寒くて、昼が暑いと、人間でも風邪を引きますよね。そうならないようにするため、カーテンやファンで管理し、温度差をいかに少なくするかが大事です」と語る。

萩原養豚生産組合 山元容幸氏

 一方で、健康な豚は飼料や水をきちんと消費するので、出荷可能な体重まで早く到達する。環境設定が正しければ、豚は健康さをキープできるし、食欲も旺盛だ。消費カロリー以上に飼料を摂取すれば体重が確実に増えるため、規定の日齢より短い日齢で出荷することができる。養豚農家は、食べた飼料を把握することで、豚の体調やストレスの有無を知ることができる。いわば飼料の量で豚とコミュニケーションをとっているわけだ。

 そのため、「3時間以上空腹にしない」というのが萩原養豚でのルール。しかし、豚舎の外のサイロにある飼料の量をリアルタイムに把握するのは困難だ。また、豚舎には数多くの豚がいるため、どの個体が不健康なのか、食が細いのか調べるのは骨が折れる。「以前は、サイロを叩いて飼料の残量を調べ、減った量を日齢と頭数で割ってみて、飼料の量をあとから把握するという感じでした」と萩原養豚の坂本勇太氏は語る。

萩原養豚生産組合 坂本勇太氏

「作らずに創る」をモットーにIoTを組み上げてきたシステムフォレスト

 今回、システムを構築した熊本のシステムフォレストは、地元九州でIoT関連の案件をいくつもこなしてきた。顧客の課題解決を中心に、2016年にIoT事業をスタートさせ、2017年に最初に手がけた製造業での案件で初採用して以来、長らく自社ソリューションにSORACOMを使ってきた。

 システムフォレストのIoTソリューションの特徴は「作らずして創ること」だ。同社の松永圭史氏は、「SORACOMはもちろん、センサーや可視化ツールなど、ビジネスパートナーのツールをレゴブロックのように組み合わせることで、少ない人数で安心してご利用いただけるシステムを提供してきました」と語る。

システムフォレスト クラウドインテグレーションユニット IoTイノベーションチーム マネージャー 松永圭史氏

 そんなシステムフォレストが養豚IoTソリューションを手がけるきっかけになったのが同じ宮崎県のブランドポーク「まるみ豚」を手がける協同ファームの事例だ。システムフォレストは、新豚舎の建設を機に設備のセンサー化を2年間かけて行なった(SORACOM記事:養豚場の設備データを遠隔管理し、故障検知や事象とデータの相関を分析して改善へ)。ここから生まれたのが萩原養豚も導入した飼料残量可視化サービス 「SiloMANAGER」になる。

 前述した通り、よい豚を育てるには、飼料、水、環境の3要素が鍵になる。協同ファームでの実績をもとにシステムフォレストが他の農家にヒアリングをかけたところ、飼料の管理が共通の悩みであることに気がついたという。システムフォレストでIoT事業を統括する Chief IoT Officerの西村誠氏は、「水や温度管理の重要度合いは農場によって異なるようですが、飼料の残量管理だけはみなさん悩んでいたんです」と振り返る。

システムフォレスト Chief IoT Officer 西村誠氏

 ただ、当時課題になったのは飼料の残量管理を実現するためのセンサーが高価だったことだ。たとえば、他の導入事例ではパルスを用いた米国製のロードセル方式も飼料残量可視化に用いているが、高価で通常の農家では導入しにくかった。そんな悩みを抱えていたとき、都内の養豚関連のイベントで出会ったのがイノセントという総合商社だった。

 宮崎県都城のイノセントは商社ながら養豚の支援事業を手がけており、担当部門の部長も養豚について豊富な経験と知識を持っていた。飼料の残量管理のニーズも理解しており、スペインから給餌器用の安価なセンサーを養豚業者に展開していた。ただ、ローカライズされていなかったことから、なかなか普及しなかったという課題を抱えていた。

 ITに詳しく、養豚事業に不案内なシステムフォレストと、養豚事業に詳しいが、IT面で弱点を抱えていたイノセントはお互いの弱点を補うべく、2021年5月に業務提携を締結。システムフォレストがイノセントのセンサーのローカライズを手がけることになった。そしてこのセンサーを初めて農場全体に本格導入したのが、イノセントから紹介された萩原養豚というわけだ。

養豚業者がIoTを使って本当に知りたかったこととは?

 センサーは安価で使いやすくなったものの、システムフォレストとイノセントが悩んでいたのは、養豚業者とのニーズにミスマッチが生じていたことだ。「飼料の残量可視化だけを訴求しても、お客さまからは『そんなのサイロまで見にいけばいい』と言われてしまいます。飼料をコスト換算しても、正直微々たるもの。『投資対効果から考えれば、アルバイトを雇って、飼料をチェックした方がいいよね』とお客さまから言われたこともあります」と西村氏は振り返る。

 目先の課題ではなく、本当に養豚業者が欲しがっている価値とはなにか? 悩んでいた西村氏は萩原養豚との最初の打ち合わせで、養豚業者の本音を聞くことになる。「馬場さんから、『飼料の残量がわかるんだったら、豚が食べている飼料の量もわかるんですよね』と言われたんです。衝撃を受けました。萩原養豚様では、棒で叩いてサイロ内の飼料を調べていたときから、単に残量を調べていたのではなく、豚が食べている量を調べていたんです」と振り返る。同じくシステムフォレストの松永氏は、「馬場さんは農家として必要なものを僕らに訴えてくれたんです。IT業界にいる立場として、とてもありがたかった」とコメントする。

 2021年7月に打ち合わせを行ない、8月にはSiloManagerを受注。9月にはサービスを稼働させた。わずか1ヶ月半でのシステム構築は、「作らずに創る」というシステムフォレストならではのこだわり。現地で導入を担当した松永氏は、「短期間に仕上げると、お客さまの熱量も下がらないし、周りからのノイズも入ってきません」とコメントする。

 具体的には、15棟のサイロにセンサーを取り付け、レーザーで飼料の量を測定する。同時に設備の動作監視を行なうセンサーも設置し、920MHz帯の通信でゲートウェイにデータを集められるようにした。あとはゲートウェイに搭載されたSORACOMからクラウドに送信し、スマホから確認できるように可視化している。

養豚場にある15棟のサイロ
サイロの上に取り付けられているのがセンサー

 1つの豚舎は複数のブロックに分割されており、全体では330~360頭ほどの豚が飼育されている。ブロックごとに1つの自動給餌器があるため、飼料の減り具合を見ることで、どのブロックに不健康な豚がいるが、おおまかに把握できる。坂元氏は、「今までは、完全に経験と勘でしたが、可視化したデータを見て、安心して豚舎に入るのと、食べない豚がいるはずと疑ってかかると、見え方が違います。風邪をひいている豚は、咳ですぐわかるし、床の糞や吐瀉物を見れば下痢も把握できます」と語る。山元氏も、「見た目だけで豚の健康や調子がわかって、治療や環境の変更などの次のアクションに移れるのが一番いいですね」と語る。

1ブロックごとに1つ配置されている自動給餌器
豚舎に設置されたリピーターでセンサーデータをゲートウェイに
養豚場の横にある事務所のゲートウェイからクラウドにデータを送信
スマホはもちろん、事務所のPCからもさまざまな可視化データを確認できる

3年前、同じシステムの見積もりは5000万円だった

 IoTの導入は、養豚場での働き方も大きく変えた。以前、自営業者だった馬場氏には休みがまったくなかったが、会社組織の設立後は、従業員がきちんと休めるように、ひたすら業務の効率化を進めてきた。「設立して4年目ですけど、今は16時半に仕事が終わります。うちの働き方は炊きたての米よりもホワイト。そろそろ透明になりそうですよ」と馬場氏は笑う。そんな馬場さんは仕事が終わった育ち盛りのお子さんたちと食卓を囲む。もちろん夕食は健康でおいしい豚肉だ。

 昔、製造業での品質管理活動に携わっていた西村氏にとってみると、萩原養豚の取り組みは、製造業での取り組みに近いものを感じるという。「品質を平準化し、期間内に投入した資材分の100%を欠品なく出荷できたらベストですよね。こうした工業製品の歩留まり改善や品質向上の取り組みは、実は豚もいっしょ。出荷日齢の180日がさらに短くできたら、飼料の節約というだけでもかなりのインパクトが出てきます」と語る。

 飼料残量管理が便利でも、あまりに高価だと農家にとってはほど遠くなってしまう。「3年前に同じ仕組みを他社に見積もりお願いしたら、5000万円と言われました」と馬場氏は笑う。その点、今回の事例はコスト面でも妥当だったようだ。「イノセントのセンサーは、精度面では高価な製品におよばないが、顧客のやりたいことを考えれば、コスト的に妥当だったと思います」と西村氏は振り返る。

 こうしたコストの最適化の一端を担っているのがSORACOMだ。松永氏は、「今までIoT向けの通信回線も、1ヶ月5000円だったのが300~500円でスタートできる。これこそテクノロジーの民主化。自分たちもこういう方向性で進まなければならないと思いました」と語る。西村氏も、「IoTの通信にもいろいろな選択肢がありますが、お客さまの要件を聞いていくと、SORACOM以外に選択肢がない。SORACOMがないと、IoTビジネスがそもそも成り立たないんです」と力説する。

 その大きな理由はコスト。「一次産業系のお客さまからは、『Wi-Fiってうちにはないんだよね』と必ず言われます。でも、農場にWi-Fiを敷設すると、けっこうなコストがかかるので、SORACOMを提案します」と西村氏。もちろん「うちはケータイは入らない」という農家もあるが、3キャリアで試すとだいたいどこかは入るという。一次産業系IoTを多く手がける同社の切り札がSORACOMだ。

養豚IoTのベストプラクティスとは? 垣根を越えた連携が未来を作る

 現在、システムフォレストと萩原養豚は定例会議をなくし、「IoT研究会」という形で養豚のIoTを研究している。豚の健康を保つにはどうするかデータに基づいて研究し、ベストプラクティスを生み出すのが目的だ。「こういう話ができるお客さまって初めてです。わたしたちにとっても、萩原養豚にとっても、飼料の残量管理はすでに当たり前で、その先の価値をITでどうやって提供できるのかの方が重要です。その意味で、わたしたちもお客さまに育ててもらっています」と西村氏は語る。

 松永氏も、「打ち合わせもありがちな数値の確認じゃないので、馬場さん、坂本さん、山元さんといろいろなアイデアを話しているだけで面白いんです(笑)。将来を見据えて、なにが必要なのかを前向きに議論してもらえている」とうれしそうだ。

 次のテーマはやはりデータの活用だ。馬場氏は、「飼料の残量を飼料会社からも見られるようになれば、先々の飼料の発注の予測が立てられる。飼料会社も人手不足なので、うれしいだろうし、飼料代をディスカウントしてもらう交渉材料にもなりますよね」とアイデアを打ち明ける。

 山元氏は次のステップとして、自動化の夢を見る。「うちは16時半に仕事に終わるのですが、裏を返せば16時半から翌日の8時までは誰も豚をケアしていません。だから、その間の環境をシステムで自動的にコントロールできるようにしたい。人と機械で分担し、24時間管理できるようになったら、どうなるのか楽しみです」と語る。作業の時間を削減できれば、人間はもっとやりたいことに専念できる。萩原養豚の場合は、観音池ポークを多くの人に食べてもらえるよう営業したり、認知を図ることだ。

 まさにIoT(Internet of 豚)とも言えるデータを活用した安全でおいしい豚作り。萩原養豚の観音池ポークが、養豚の未来をどのように変えていくのか? 興味は尽きない。

■関連サイト

(提供:ソラコム)