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残量検知デバイスでエンジンオイル販売を変えたFUKUDAとSORACOM

本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/169/4169882/ 文:大谷イビサ 編集:ASCII 写真:曽根田元

京都の山科にあるオイル卸売販売のFUKUDAは、顧客のオイル残量を検知できるIoTデバイスとシステムを開発し、オイル配送のビジネスを大きく変革している。自治体や商工会議所などの地元の支援を受けたビジネスの開発、オプテックス MFGやソラコムなどのパートナーとともに作り上げたデバイス、大きく成長する外販ビジネスについて、FUKUDA 代表取締役社長 福田 喜之氏に話を聞いた。

もっと楽に、もっと売上を求め、たどり着いた残量検知システム

 京都の中心部から南東部に位置する山科は、古くから京都と東国を結ぶ要衝だ。京都駅から電車と地下鉄を乗り継ぎ、駅から車で5分程度で着く、そんな山科の地にFUKUDAの事務所はある。京都らしい竹林を背にしている以外は、ありふれたオイルの卸売会社に見えるが、事務所の中に入るとWebサイトにも描かれた絵本のイラストが壁一面に拡がる。そう、FUKUDAはわれわれが知っているいわゆる地元のガス・オイル屋さんとはちょっと違うのだ。

京都の山科にあるFUKUDAの事務所

 自動車向けのエンジンオイル販売を手がけるFUKUDAは1969年に現社長である福田喜之氏の両親がここ山科の地で創業した。当時、福田氏の父親はガソリンスタンドで灯油の配達を担当していたが、自動車修理工場から「ガソリンスタンドだったら、エンジンオイルも持ってこられないか?」というリクエストを受けるようになった結果、ガソリンスタンド側の勧めもあって独立。エンジンオイルの販売を手がけるようになったという。その後、父親の他界で母親が代表を継いだが、従業員は4名だったにも関わらず、当時から大手スーパーのダイエーグループにエンジンオイルを納入するような優良企業だった。

 その後、大学を卒業し、自動車会社に勤務していた福田喜之氏が家業を継いだ。当時はホームセンターにオイルを販売するのがメインだったが、大手の競合を相手に価格勝負しなければならなかった。そのため、ジリ貧になる前にビジネスを変化させようと考えていたという。「量販店中心の薄利多売なビジネスから、地域密着型のビジネスに変えていきたいと思い、入社して5年くらいしてから徐々に会社をシフトさせていきました」と福田氏は語る。

FUKUDA 代表取締役社長 福田 喜之氏

 その後、FUKUDAはまさに地域密着型のビジネスへの変換を達成し、近畿2府4県で約3000の顧客を抱えるようになった。自動車の修理工場やバイクショップなど、一件あたりの売上は低いが、量販店相手の商売に比べて利益率は高い。ただ、長らく課題になっていたのは、ビジネスの規模がこれ以上拡大しない点だ。「一人の営業マンが250~300件くらいを担当しているのですが、そろそろ限界に達してしまう。売上が伸びないのであれば、このままがんばって働いても給料は上がらない。でも、もっと楽に働きたい、もっと売上伸ばしたい、もっと利益を上げたいと考えました」と福田氏は語る。

 課題になったのは、自社が手がけるオイル配達の効率性だ。オイル配達業者の多くは、営業マンが顧客のオイルの残量を把握しているが、あくまで勘に過ぎず、時期によって消費量も変わる。「土曜日や金曜日の夜に『オイルないんやけど』って電話がかかってきて、休日の朝に配達しにいくような感じ。休んでしまうと、別の業者が入れていたみたいなことが起こります」と福田氏は語る。

 こうしてたどり着いたのが、遠隔から顧客のオイル残量がわかるという残量検知システムだ。客先に出向く前にオイル残量がわかれば、配送を効率化でき、営業マンの業務効率化につながるはず。この発想に行き着いたのはなんと12年前。残量検知ソリューションの実現は、FUKUDAにとって、福田社長にとっても、長年の悲願だったと言えるのだ。

ビジネスもデバイス開発も、ぶれなかったのは事業計画があったから

 残量検知デバイスが動き出したきっかけは、京都市と京都商工会議所が主催した勉強会だった。「たまたま参加したら、アイデアを計画書に落とし込み、外部からもOK出たら、ビジネスの認定プランをくれるという話になったのです。そこで講習に参加し、なにを、なんのために、いつまでに、どうやってやるのか。そして、なにが必要かをひたすら書きました。気がつくと立派な事業計画書ができていたんです」と福田氏は振り返る。

 多くの中小企業の社長と同じく、福田社長も日々さまざまなアイデアを頭の中で描いてきた。「あれやりたい」「これやりたい」など、妄想は膨らむ一方。しかし、残量検知ソリューションが「できたらいいな」という単なるアイデアや妄想ではなく、FUKUDAのソリューションとして結実したのは、外部からお墨付きを得た事業計画があったからにほかならない。

 事業計画でビジネスプランとして応募した結果、ビジネス認定を受けただけでなく、100万円の補助金までついた。キックスタート期に重要な補助金、そして書面に落とした事業計画があったため、計画がぶれなかった。「社長って朝礼や終礼で社員に話したりしますが、人間なんで、毎日どんどんぶれちゃうんです(笑)。2ヶ月経ったら、言ってることが全然違うということもあります。でも、このプロジェクトに関しては事業計画があったので、やっていることも、従業員に言っていることも全然ぶれなかったです」と福田氏は振り返る。

 最初に試したのは。有線での残量検知だ。初代の残量検知デバイスでは、ドラム缶に紐状のセンサーを垂らし、残量が減って表面の浮力が変化したときに、アラートをケータイ網経由で飛ばすという方法を採用した。残量が一定ラインを切ったらFUKUDA側がわかるという点で、このデバイスの登場は画期的で、実際にサービスにも活用された。

有線だった初代のセンサーデバイス

 しかし、少ないことはわかるが、どれくらい残っているのか、いつ枯渇するのまでは把握できないという弱点があった。また、基本は水の残留検知を手法として応用したものなので、センサーが油に浸かるということを想定していなかった。そのため、センサーが膨張したり、曲がったりして、2年くらいすると、誤作動するようになったという。

 さらに電源供給が有線だったため、電源の近くに設置しなければならず、設置だけで半日くらいかかってしまうのも難点。ダメ押しとなったのは、コロナ禍での部品不足だ。海外からの部品調達が難しくなったのを契機に、国内メーカーで残量検知デバイスを再設計することになった。このときにパートナーとなったのが、京都市伏見区のデバイスメーカーのオプテックス MFGだった。

困ったときのビジネスマッチング 地元の支援をフル活用

 オプテックス MFGとの出会いは、やはり京都市と京都商工会議所によるビジネスマッチングだったという。「なにか困ったことがあるたび、地元のビジネスマッチングに頼りましたが、結果的によかったと思います。私たちはやりたいことやゴールが明確にあって、事業者への説明もぶれませんでした」(福田氏)

 通信のためのSIMに関しては、オプテックス MFGが利用しているソラコムを採用した。以前の残量検知デバイスでは、大手キャリアのSIMを使っていたが、小規模で購入枚数が少ないため、期待していたサポートやディスカウントは受けられなかった。これに対してソラコムは困りごとに対してFUKUDAと伴走し、対面でサポートをしてくれたという。「オプテックス MFGさんのデバイスの部品メーカーとしてはなく、通信における私たちのパートナーとして、打ち合わせに参加してくれますし、前向きになれます。これが一番大きかったですね」(福田氏)

 こうして生まれた新しい残量検知デバイスと、見える化を実現する「オイルマネジメントシステム」を組み合わせることで、顧客のドラム缶内のオイルの量をリアルタイムに検知できるようになった。また、過去のデータと現在のデータを掛け合わせ、いつ枯渇できるのかを予想し、カレンダーに登録されているという。「今まで『なくなったら、入れにいく』というスタイルだったのが、どこにいつ配送するか、1ヶ月のスケジュールを立てられるようになりました」(福田氏)。また、バッテリで動作し、センサーも通信も無線なので、設置が容易になったのも大きかったという。

お客さま先に設置するタンク

黒いユニットが残量検知デバイス

 そして、この残量検知デバイスの導入と同時に始めたのが、オイルの量り売り「IBCローリーサービス」だ。これはドラム缶単位で無駄の多かった配送を、リットル単位の量り売りにしようという試みだ。

 一口にオイルと言っても、さまざまなメーカーや種類があり、FUKUDAの場合、メーカーは35社、約1500種類のオイルを扱っている。しかし、売上の2割を占めるのは、このうち5つのエンジンオイル。そのため、FUKUDAでは、これらを1000リットル搭載のタンクで量り売りにし、効率的な販売を実現した。

ローリーを用いた量り売りを提供するように

 この量り売りは、環境負荷の低減にも寄与している。実はオイルのコストの1/10はドラム缶が占めており、しかも再利用が難しいという弱点がある。しかし、FUKUDAの場合は、オイルがタンクローリーで供給されるため、ドラム缶での納品が不要になる。ドラム缶の利用がまるまるなくなるという点で、この販売方法は画期的だ。環境負荷の軽減につながっていることが認められ、同社はオイル販売事業者として初めてエコマークを取得することが可能になったという。

オイル管理という業務をなくすことで顧客のメリットに

 残量検知デバイスの導入は、FUKUDAにとって大きな業務効率化の軽減につながった。この4年間のデータを見ると、従業員の休日は年間で15日も増え、空いた時間は新規顧客の開拓に充てられるようになった。また、量り売りに関しては、市場に対して環境負荷の低減という価値を生み出した。

 とはいえ、以前は顧客のメリットにはつながっていなかった。「なくなる前にオイルを入れに行く」という価値の実現を、営業マンの頭の中でやっているのか、センサーとシステムでやっているのかは、顧客にとってはあまり関係ないからだ。しかし、最近はオイルの発注や管理に手間をとられない」ということに大きなメリットを感じる顧客が増えているという。「われわれのお客さまである自動車の修理工場は、深刻な人手不足に悩んでいます。こうした中、FUKUDAにオイルの管理を任せておけば安心という声をいただけるようになりました」と福田氏は語る。

 残量検知デバイスのない通常のオイル配送業者の場合、顧客に毎回残量を問い合わせなければならない。コロナ禍は対面接触も難しかったので、営業マンは訪問できず、顧客も問い合わせ対応に時間をとられてしまう。しかし、FUKUDAの場合、営業が担当している顧客の残量を把握しているので、「明日行きますね」で話が済む。「ついでに今まで別の会社におねがいしていたこのオイルも持ってきてくれる?という話になるんです」(福田氏)

 この数年でエンジンオイルの価格はおおむね高騰化したため、価格での競合は難しいため、残量検知デバイスや量り売りなどのサービスの差別化は特に大きくなった。最近、サービスに魅力を感じて問い合わせしてくるのは、増やしたいと考えていた中堅や大手の事業者だ。「物流業界も人手不足なので、オイルもすぐ届くような状態でもない。でも、せっかく土日にお客さまが来店してくれたのに、オイルがないとなると、機会損失になります」と福田氏は指摘する。

 その点、FUKUDAの場合はオイルが切れる前に配送されるので安心だ。現場ではオイルの発注や在庫管理という業務が完全になくなるため、働き方の改善につながる。人手不足の昨今、経営者はこうした従業員満足度につながるサービスに対して、以前よりも前向きになっている。 また、今後はユーザー企業の経営者もオイルの利用状況や発注量を見られるようになる予定。提供する側も、提供される側もメリットのある「オイル管理のマネージドサービス」になったわけだ。

外販に備えて商標や特許も取得 他社用はすでに自社用を上回る

 もともと、自社の業務効率化を前提に作り始めた残量検知デバイスや見える化のシステムだが、実はビジネスプランとして第三者の声が反映されることになった段階で、外販を視野に入れている。

 そのための1つの施策が商標や特許などの知財施策だ。FUKUDAの「オイルマネジメントシステム」は商標のみならず、液体配送システムとして特許を取得している。すでに商圏が異なる同業者にシステム自体を販売しており、同社のビジネスの2本目の柱に育てていく予定だ。「同規模の会社にとっては、コストをかけて同じものを作る意味は乏しい。われわれのシステムを使った方がメリットがあります。全国にシステムを拡げて行きたい」と福田氏は抱負を語る。

 こうした外販への種まきは、予想以上に早く成果を挙げている。昨年はボルボ・カー・ジャパンと提携し、国内のカーディーラー108店舗すべてにFUKUDAの環境配慮型エンジンオイル配送システムが導入されている。「それまでオイルの発注は専用端末で発注するか、FAXでした。でも、センサーを付けたことで、今では残量が30%を切った段階で、店長にメールが飛び、そこに張られたリンクからそのまま自動発注できるようになりました」(福田氏)とのことだ。

 この事例も、もともとオイルメーカーのBPカストロールがボルボに紹介したことで実現した提携だ。FUKUDAはBPカストロールの販売代理店の立場だったが、この提携ではシステムを提供するサプライヤーとなり、オイルの配送は別の業者が行なう。フランスのオイルメーカーのモチュールとも同様の取り組みを始めている。そして、こうした外資メーカーのアジア展開を見越して、グローバルに強いSORACOMを採用したという一面もある。

 残量検知デバイスの台数は自社利用よりも、他社の方が多くなった。「自社向けで約750台、他社のシステム用はすでに1200台を超えています。毎月利用料をいただいているので、安定したビジネスにつながっています」(福田氏)。まさにゲームのやり方自体を変えてしまったわけだ。

気がつけば、「売りよし、買いよし、世間よし」

 福田氏は、「ITやIoTを当たり前のように使っていかないと、この絵の通りにはならないんですよ」と語る。この絵とは、冒頭にも説明した社屋の壁一面に書かれた「未来の仕事の作り方」というFUKUDAのビジョンを表したイラストだ。

 次の50年、100年先を見据えた未来像の中で、FUKUDAはどういう社会的責任を果たしていくべきか、社長が選択したメディアは絵本だった。「『会社案内をやめましょう』をやめて、この会社が今やっていることと、未来がどうなるのかを書きませんか?と、制作会社さんに提案いただいたのです。だったら、会社案内をやめて、『未来の仕事の作り方』にしようと思ったんです」と振り返る。

Web版「未来の仕事の作り方」

 福田氏がIoTで実現したかったのは、当初はあくまで「会社の売上を上げること」でしかなかった。顧客のオイルの残量が遠隔でわかれば、効率的な配送が可能になるため、業務の負荷か減る。こうなるとうれしいのは休みが増え、生産性の高い業務に時間を振り分けわけられる従業員だ。

 しかし、残量検知のみならずオイルマネジメントシステムにまで進化したことで、顧客にも「オイルの管理が要らなくなる」というメリットが生まれる。最終的には量り売りを展開することで低コストと省エネが実現され、仕組み自体を販売することで、業界全体がハッピーになる。気がつけば、「売りよし、買いよし、世間よし」という近江商人を地でいくビジネスをきちんと展開していたわけだ。

 残量検知デバイスの次の使い道は、仮設トイレの漏水対策だという。「工事現場の方は、仮設トイレのふたを開けて、満水になっていないか、必ずチェックしないといけないのです」と福田氏は語る。特にトンネル工事では、数百台の仮設トイレが用意される。残量検知デバイスで残量を検知することで、効率的な汲み取り手配が可能になる。

 目指すのはオイル配送より、センサーも、エネルギーではなく、むしろ液体の検知に力点を置く。だから、仮設トイレの漏水対策のような、エネルギーと異なるベクトルの案件につながっている。「電気自動車の普及を控えたオイル配送は、今後拡大しない縮小マーケットです。だから、次を見据えてビジネスを考えると、こういう方向性になります」(福田氏)は、リキッドデリバリーという新しい領域への開拓を始めている。創業から55年目を迎えつつ、サステイナブルで、ビジョナリなFUKUDAは、これからもますます進化を続ける。