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ソラコムの2人に聞いた そもそもIoTの通信ってなに?

本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/085/4085606/ 文:大谷イビサ 写真:曽根田元

IoT(Internet of Things)という用語が登場して久しいが、ではIoTってなに?という問いにきちんと答えられる読者はいるだろうか? そこで本連載では、IoTプラットフォームを展開しているソラコムのtakuyaこと桶谷拓也氏、Maxこと松下享平氏に「IoTとはなんぞ?」というテーマで対談に挑んでみようと思う。今回のテーマは「IoTの通信」。さて、どんな答えが飛び出してくるだろうか?(以下、敬称略 モデレーター ASCII編集部 大谷イビサ)

ITとIoTの違いは通信の主体?

大谷:まず「IoTってなんですか?」というちょっと哲学的な話からいきましょうか。

桶谷:はい。実は先日Maxが話していてすごく腑に落ちたスライドがあったので紹介します。ITやICTってスマホやPCなど人が操作するデバイス同士がやりとりしているんだけど、IoTって人が操作しないデバイスでもつながるという説明です。

ITとICTの延長上にあるIoT

松下:まずパソコンの登場によって個人の生産力が飛躍的に向上しました。そしてインターネットという通信インフラによってコラボレーションが容易となり、ビジネス全体の可能性が広がったと紹介しています。僕らの世代だと電子メールがいい例かと思います。

大谷:あとはやっぱりExcelですかね。

松下:そうですね。ITと呼ばれるところのキラーアプリがExcelで、ICTと呼ばれるところが電子メールです。IoTのキラーアプリは、まさにこれからだと思いますが、僕らからするとITやICTの延長線上にあるのは間違いないと。

桶谷:単純にこのスライドで工場にあるデバイスを人が操作していれば、たぶんICTなんです。人がいないのにつながっているという感覚があるのがIoT。その違いかなと思います。

松下:このスライドを使うときの意図って、普段からスマホをポチポチいじっている人からすれば、「IoTって全然難しくないよ」「もうやっているよ」ということをお伝えすることです。トータルで見ると、人やコンピューターがモノを用意すれば、モノ同士が勝手に通信できるインフラが整ったよということを説明したかったんです。

Maxことソラコムの松下享平氏

大谷:なるほど。ソラコムのサービス開始って、2015年だからすでに7年経っていますが、その当時からこういう考えでしたか? もしくは最近、腑に落ちた感じ?

松下:もともと思っていたことではあります。ただ、ソラコムにいたからこそ情報が整理され、これが作れたという感じですね。

桶谷:僕は正直、最初はあまり実感がなかったですね。前職でもIoTの案件に携わっていた時は、IoTは単にモノをつなぐ、という認識でした。

takuyaことソラコムの桶谷拓也氏

大谷:このスライドの趣深いところって、モノって言っても、なんだかんだ人が作ったプログラムが動いているじゃないですか。そして、人が直接操作しなくても、最近はAIがある。たとえば、AI搭載の監視カメラの場合、怪しい人を撮影するプログラムは人間が作りますが、実際に怪しいかどうかはエッジやクラウドのAIが判断する。つまり、コンピューティングや通信の主体が人である必要がなくなっているとも考えられるんですよね。

松下:情報処理の先にある労働力として、本当の意味でコンピューターを働かせられるようになったと言えるかもしれません。

AI系のセミナーでクラウドを含めた活用方法を紹介する時には、人間の目や耳にあたるのがカメラやマイクといったデバイスで、脳みそがクラウド、神経がネットワークと分類をします。この構成でいいソリューションを作ろうとしたら、クラウドの上手な利用が重要。でも現状は、神経にあたる通信を湯水のように使うには技術や費用面での課題があり、そういう意味では工夫のしがいがあると感じています。

大谷:よく言われますよね。IoTって総合格闘技だと。

松下:僕はハードウェアやネットワークを出自とするエンジニアですが、その点IoTってアーキテクチャ的なところが難しいと思っています。デバイスやクラウドで、どれに何をやらせるかという役割分担ですね。

桶谷:ただ、そこはIoTやっていると、知見がたまってきて、ある程度パターン化できるようになってきました。

たとえば、「双方向通信をしたい」という要望があったときに、デバイスの処理能力やデータ送受信の頻度、他には電力供給の状況などを踏まえて、こういう仕組みなら、ここまで実現可能、運用はこういう感じです、代替手段はこういうやり方があります、といった話です。最近は、ユーザーもこのあたりの知識を求めていらっしゃって、私もセミナーや商談でアーキテクチャパターンをご紹介する機会も増えてきました。

既存のスマホの通信とIoTの通信はどこが違うのか?

大谷:続いて「じゃあIoTの通信ってなんですか?」という話ですね。実はIoTみたいな概念って、けっこう以前からあって、M2M(Machine to Machine)みたいな用語もあったわけですけど。

松下:IoTとM2Mの違いという話だと、M2Mの場合は物流網っておおむね企業が自前で構築するものだったりします。でも、IoTって既存のインフラを活用する。個人が自分で物流網を作るわけではなく、コンビニへ行って、宅配業者に荷物を運んでもらうイメージです。

M2MとIoTの違い

そのときにIoTに必要なものって、個人でも、少量でも、送れる仕組み。今までそれがなかったし、だからソラコムがんばってますという話になります。昨今は手軽に送ることができるようになってきたので、その先の、どうやって梱包するか、盗難を防止するかみたいな話にフォーカスが移ってきており、IoTが普通になり始めたと実感する背景でもありますね。

大谷:そうなるとIoT向けの通信って、スマホと同じ通信じゃダメなのかとかという疑問が出てくると思います。

松下:IoT通信と通常の通信の違いとしては、データの流れ方が違うと説明してます。

人間が使うスマホの通信って、一般論としてはクラウド上のコンテンツを消費するのがメインです。だから、スマホ向けの通信プランは、おおむねダウンロードの快適性やリーズナブルさを打ち出しているものが多いと思います。

ひるがえってIoTの通信は「現場をデジタル化して、クラウドにデータを溜める」ことが多い。実際、カメラの例では、クラウドで解析するためにデータをアップロードします。そうなると、人向けに提供されてきた通信と技術的には同じだけど、データの流れ方が異なるので、求められる機能や通信プランも異なってきます。これが最大の違いですね。

人向けとIOT向けの通信特性の違い

桶谷:アップロードが前提という点は確かにありますね。あと、理想論で言えば、本当はデータを全部アップロードして、クラウドで解析した方がデータ活用はしやすいのですが、現時点で全データをアップするのはコストがかかりすぎてしまう。そのため、IoTではアップロードすべきデータを絞りましょうという考え方が出てきます。ここまでシビアに通信の制御に気を配るのは、IoTならではだと思っています。

大谷:たとえば、人間が使うスマホのダウンロードって、CDNでのキャッシュが効くじゃないですか。でも、IoTのデータって少量だし、アップロードするのも初めてだったりするので、おそらくキャッシュが効かないんですよね。そういったところも、既存のシステムとの大きな差異ではないかと。

松下:すでにある公衆網を利用して、安価に利用できるネットワークという点だと、たとえばIP-VPNのようなサービスがあるじゃないですか。ローカル5Gや閉域網ってその感覚に近いんですよね。本当の意味で自ら全部ネットワーク構築しなければならない時代も過去にはあったのですが、やりたいことが安価なインフラの上でできるようになってきている。だから、将来的にはインターネットをうまく利用しつつM2Mを実現する可能性が今後ありうる。

逆に言えば、人類全員がスマホを持っても70億超ですが、その数十倍、数百倍のデバイスのトラフィックを今後さばかなければならない時代が来る。昔、同時アクセスが1万クライアントを超えると、Webサーバーのレスポンスが急激に下がってしまうC10K問題とかあったじゃないですか。IoTにおいても同じで、デバイスが爆発的に増えると、送受信しているデータ量は大きくないのに性能が出ないみたいな、未知なる課題は確実に顕在化してくると思います。

BluetoothやWi-Fiよりセルラーの方が向いている理由

大谷:IoTというと、Bluetoothとか、Wi-Fiを思い浮かべる人、多いと思うんですよね。なぜIoTの通信って一般的にセルラーなんでしょう?

桶谷:両方ともスマホには標準搭載されているし、身近にはなっているんですが、つなぐための設定という手間が必ず発生します。でも、セルラーってSIMを挿して、電源を入れれば、通信が始められるように構成できます。

大谷:導入の問題ですね。

桶谷:あと、セルラーってSIMの先にはキャリアの基地局があるわけですが、BluetoothやWi-Fiの場合、ゲートウェイやアクセスポイントを自分で用意しなければなりません。正直、私はセルラーでも、Wi-Fiでも、Bluetoothでもなんでもいいと思っていますが、自前でWi-Fiルーターを用意してネットワークを構築するのは面倒くさい。その点、セルラーはSIMを挿せば通信できるので、なによりIoTを始めるまでのスピードは早いと思います。

大谷:スタートは圧倒的に楽ですし、IoTプロジェクトはスピード求められますよね。

桶谷:われわれはキャリアが巨額のお金をかけて構築・運用しているネットワークを基に、IoT向けとして提供しています。これはキャリアあっての仕組みであり、視点を変えるとキャリアへの依存が高くなるわけですが、これってオンプレでサーバーを運用しますか、クラウドで運用しますか、という話。なので、個人的にはクラウドの方が楽なので、キャリアに任せた方がよいと思います。

大谷:日本でNTTの電話が使えなかったり、専用線が使えなくなったら、新聞に載るじゃないですか。結局、それくらいミッションクリティカル度の高いネットワークをキャリアは運用している。じゃあ、お客さんがそういうネットワークを自前で構築・運営しますか?という話ですよね。

松下:僕も桶谷と意見は同じで、選択肢があるなら、通信は自由に選べた方が良いと考えています。ただ、これって選んで使えるスキルがあることが前提なんです。Wi-Fiの場合は、アクセスポイントを購入した時点で、どうしてもお客さまが設定することになってしまう。

大谷:最近の製品であれば楽にはなりますが、設定がなくなるわけではないですからね。

松下:セルラーももちろん設定は必要なのですが、メーカーが出荷時に設定しておける仕組みでもあるので、お客さんの手間を減らすことができる。ここはセルラーの場合はメリットだと思っています。

ソラコムは通信事業者になりたいわけではない

大谷:ただ、セルラーから始まったとはいえ、ソラコムも別にそこにこだわっているわけではないですよね。いろいろな通信をサポートしています。

桶谷:そう言う意味では、この数年で提唱している「Connectivity Agnostic」は基本的にはキャリアも、通信手段も選びませんという概念です。NTTドコモの回線を使ったシンプルな通信からスタートしたソラコムですが、単一の回線だけでは解決できないことも多いというIoTのニーズに応え、キャリアも、通信手段もどんどん増やしてきました。

Agnositcとは?

たとえば、お客さまによってはシステム全体の可用性を高めるために、キャリア冗長をとりたいという声があります。SORACOMの日本国内の通信はNTTドコモだけでなく、KDDI、ソフトバンクも利用可能で、組み合わせで実現できます。ネットワークの混在環境への対応もはじめており、SORACOM Arcを使えば、Wi-Fiでも、有線LANからも、SORACOMプラットフォームへセキュアにつなげられるので、キャリアと社内ネットワークで冗長化することも可能です。そういう意味では、真にお客さまのニーズを満たせるようになってきたと言えるのかもしれません。

松下:われわれは通信事業者になりたいわけではなく、どこでもつながる通信を提供する事業者を目指しています。似てるようで、似てないんです。デバイスをクラウドにつなげるための方法論自体を提供したいというか。

大谷:キャリアって人口カバー率みたいな数値で通信のリーチを表すじゃないですか。それとは別なんですかね。

松下:「どこでもつながるように」という願いは、キャリアと共通しているのですが、ソラコムがやろうとしているのは、「技術に依存しない形でコネクティビティを確保すること」ですね。つながる可能性が高いから、まずはセルラーから始めましたが、つながる方法はセルラーであろうが、Wi-Fiであろうが、有線であろうが、かまわないし、送る先となるクラウドも、データセンターも自由に選べます。ユーザーには「そもそも、なぜ通信技術の違いで、連携先クラウドが決まってしまうんだろう」と疑問を持って欲しいです。

通信の自由、クラウドの自由

大谷:どこでもつながるという話だと、グローバルSIMであれば、国内だけじゃなく、海外でも使えますよね。

松下:はい。グローバルSIMはソラコムが発行したどこでも使えるSIMということで、「IoT SIM」と呼んでいて、今では140を超える国と地域で使えます。いわゆる「ローミング」と使い勝手はあまり変わらないのですが、基本的な仕組みは違っていて、ハードウェアに入っている設定のままで、どこでも使えるというのがユニークな点です。

これもさっき話した「Connectivity Agnostic」という考え方によるのですが、ユーザーからすると、どのキャリアとつながっているかなんて、料金という一点のみに興味があって、本来は意識したくないんですよ。

大谷:料金が高いかどうかは気になるけど、本質的にはAT&Tにつながろうが、T-Mobileにつながろうか、意識しないということですね。

松下:その点のIoT SIMは対応地域のどのキャリアにつながろうと、われわれの提示している料金をお支払いいただければいい。これがビジネス面でのメリットになります。現時点では、グローバル展開を進めている日本企業の利用が多いですが、最近は北米やEUのお客さまも増えています。

グローバルで使えるIoT SIMだけじゃない理由

大谷:ただ、SORACOMのSIMってグローバルSIMだけじゃなくて、当初から提供している国内向けもあるじゃないですか。今となっては、そこらへんも読者は違いがわからないかも。

IoT SIMのスペック

桶谷:ソラコムでは、エリアや用途にあわせてサブスクリプション(通信契約)を拡充してきて、今(2022年3月時点)はなんと11種類も提供しています。実は最近、僕もそこらへんで混乱しつつあり、整理が必要かなと思っています(笑)。大きな分類としては2種類あって、日本でしか使えない日本向けSIMと、日本を含む全世界で使えるIoT SIMがあるんです。となると、なんで日本向けSIMってなんであるんだろうと。

松下:まず、そこから(笑)。

大谷:実はグローバルSIMが出たとき、個人的には同じことを思ってました。IoT SIMなら、日本でも、グローバルで使えて、eSIM(チップ型SIM)もOK。コスト的にもあんまり変わらない気がするので、IoT SIMだけですべて事足りるのではと。

桶谷:ただ、データ通信料金は現状でも若干差があります。たとえば、国内向けの「plan-D D-300MB」は毎月300MB分が固定で使えます。実は300MB/月あれば、多くのIoTの用途がまかなえてしまうので、変動する月額料金はなんとかしたいという声に応えられます。

松下:ここらへんは実は日本固有の事情というか、ハードウェアの制約みたいなところがあって、モデムとSIMの組み合わせで確実に通信できることを担保したいケースもあるんです。つながる安心を得るために、通信事業者であるNTTドコモやKDDI発行のSIMを使いたいというニーズですね。電源オンで手軽につながるという裏には、さまざまな仕掛けがあります。

大谷:キャリアのお墨付きが欲しい方は、国内向けSIMを使ってねという話ですね。IoT SIMと国内向けSIMの割合はどうですか?

松下:IoT SIMのほうが圧倒的に多いんです。台数が出るコンシューマデバイスの場合は、製造や出荷の手間を減らせるeSIMが有利なため、eSIMを発行できるIoT SIMをお選びいただいています。

桶谷:最近は逆にグローバルカンパニーが日本でビジネスやりたいからSORACOMを選んだみたいな案件もありますね。

松下:参入障壁ですよね。僕がベトナムでビジネス展開しようと思って、確かに現地のキャリア調べなきゃいけなかったら、まず言語の壁にぶつかりますね(笑)。

大谷:最近は国内もデータセンター建設ラッシュなので、サーバーは置けるけど、通信をどうしようかと考えると、日本に進出したい外資にとってSORACOMという選択肢はありかもしれません。

とりあえずSORACOM使えばつながるんじゃないの?という期待に応えたい

大谷:では、最後に最近のIoT通信のトレンドについてお聞かせください。

桶谷:直近増えたなと思うのは、AIカメラ「S+ Camera」を出していることもあるのですが、やはりカメラ関連の問い合わせですね。結果的にplan-DUやWi-Fiオプションなどの大容量アップロードに対応した通信契約や機能が求められている気がします。送るデータが大きくなったという傾向はありますね。

松下:あとは容量という観点とは真逆で、データサイズは小さいけれど回線の数が多いパターン。数千、数万の回線をAPIでまとめて管理するみたいな案件も持ち上がっているので、スケールメリットに気づくお客さまは増えてきた印象です。

大谷:数万というレベルだと、たとえばニチガスさんの事例とか。

松下:そうですね。あとは老朽化したインフラの監視や地震、水害などの災害対策で、なにかが起こった際にアラートを挙げるような用途は、通信の頻度が低いけど、センサーの数が多い。先日新たに加わった「planX3」という通信契約は、基本料が一月当たり1ドルで省電力LTE通信(LTE-M)に対応しており、あらゆる地域で数を展開したいといったご要望にもお応えしています。あとは「ポケトーク」や「ミクシィみまもりGPS」のようなコンシューマーデバイスは、やはり数が圧倒的に多いですね。

大谷:これって、スマホじゃない人が使う通信デバイスという点では、冒頭に話した「人のためのIT、モノのためのIoT」みたいな区分けではなく、両者の中間みたいな用途が増えてきたのかもしれません。

松下:そうですね。プレイヤーが広がった感じがします。

確かに「スマホでいいじゃん」という人は一定数いるのですが、スマホってもはや機能が多すぎて、学習コストが高くなっている。持っている人は多いけど、使いこなせる人は少ないと思うんです。だったら、単機能化した安価なデバイスのほうが間違いなくスケールメリットを出せるという市場が生まれています。この中から、IoT界のExcelや電子メールが登場することを強く願っています。

大谷:デバイスのニーズによって、最適な通信を考えていくと、いろいろな通信プランができるということですね。

松下:「どこで使われるかわからないからね」という問いに対して、「とりあえずSORACOMを選んでいれば、なんとかなるんじゃないの?」という期待に応えられるようにしていきたいですね。

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(提供:ソラコム)