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創業当初からグローバルを視野に。世界に羽ばたくプロダクトを生み出したソラコムの足跡

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※本記事はSansan株式会社が運営する「Sansan Builders Box」に掲載されたインタビューを転載しております。
インタビュー日:2021.06.08

「IoTテクノロジーの民主化」を掲げ、誰もが簡単に活用できるIoTプラットフォームサービスの開発・提供を行ってきた株式会社ソラコム。事業は急成長を続けており、同社プラットフォームの主要サービスであるIoT向け通信は、総契約回線数が300万※を超えました。また日本だけではなく、世界140の国と地域におけるデータ通信サービスの提供実績があります。

ソラコムは創業当初から「世界に通用するプロダクト」を目指してきました。事業戦略の立案や開発体制の構築において、世界展開を前提とした仕組みづくりを行ってきたのです。国内の市場にのみ目を向ける日本企業が多いなか、なぜソラコムは初期から世界を視野に入れたのでしょうか。共同創業者CTOの安川健太氏にお話を伺いました。

株式会社ソラコム
最高技術責任者 安川 健太

世界中のヒトとモノがつながり共鳴する社会の実現を目指し、株式会社ソラコムを共同創業。

大学院ではIPネットワークのQoSに関する研究、その後エリクソンリサーチにてテレコムとWebの協調やM2M/IoTに関する研究開発。2012年にアマゾン データ サービス ジャパンに転じ、AWSソリューションアーキテクトとして数多くの国内企業のクラウドシステム設計支援を実施した後、シアトル本社に転籍しDynamoDBチームにて開発に従事。東京工業大学大学院 理工学研究科 博士課程修了 博士(工学)。

CTO of the Year 2015/TechCrunch Japan受賞

※2022年2月には、IoTプラットフォームの「契約回線数」が400万を突破しました。

プラットフォームを目指すからこそ、グローバル展開は必然だった

──まずは安川さんのこれまでのご経歴と、ソラコム創業の経緯についてお聞かせください

私は大学・大学院時代にネットワークの研究をしており、その知識を生かすため通信機器メーカーのエリクソンに新卒入社しました。当時はコネクテッドホームやコネクテッドカーのリサーチプロジェクトなどに携わっていましたね。

デモ制作を行ったり、プロダクトのコンセプトを形にしたりという過程で、デバイスがつながる先として常に“クラウド”の世界が存在していることに気づきました。その内部がどうなっているのかを知りたくなり、アマゾン データ サービス ジャパンに入社してAWSのソリューションアーキテクトになりました。

ソリューションアーキテクトとして、さまざまなシステムのクラウド上の設計や移行を支援する中で、自分が以前関わったテレコムのシステムもクラウド上でよりよく実現できると考えるようになり、当時(アマゾン データ サービス ジャパンの)技術統括本部長であった玉川憲(現・ソラコムの共同創業者CEO)に「セルラーのコアやMVNOだってクラウド上で実現できるはず」という話をしました。

すると翌日、玉川が世界中のヒトとモノをつなぐクラウドネイティブな通信プラットフォームというアイデアをまとめた仮想のプレスリリースを書いて私に見せてくれたのです。それこそ自分のこれまでの経験の集大成を発揮して世の中に貢献できるアイデアだと感じた私は、そのビジョンを実現するため玉川とともにソラコムを創業するに至りました。

IoTシステムを作る上ではコネクティビティやセキュリティ、クラウド連携が共通の課題になるという仮説を持っていた我々は、まずサービスのプロトタイプを作成し、さまざまな方に意見を聞いていきました。その結果、それらの共通の課題について予想以上に多くの方が困っていることがわかってきたのです。ソラコムはこうした課題を解決することで、お客様がビジネスの本質的な価値にフォーカスできるようなプラットフォームを提供しています。

──ソラコムが初期からグローバル展開を視野に入れていた理由を教えてください。

私たちソラコムは創業当初から、いつでも・どこでも・簡単に使えるIoTプラットフォームをユーザーに提供したいと考えていました。プラットフォームを目指すからには、日本だけでしか利用できない仕様では不十分です。世界のどのような国や地域においても、ソラコムのサービスをユーザーが利用できることが重要になってきます。

別の理由として、これは私の主観的な意見ですが、日本には数多くの優秀なエンジニアがいるにもかかわらず、その知見やスキルを発揮する場所が日本に閉じている印象がありました。そうした方々に私たちの仲間として加わってもらい、エンジニアの活躍の結果であるプロダクトが、世界中に届く環境を実現したいと考えていたのです。

とはいえ、決して最初から順風満帆だったわけではありません。ソラコムはNTTドコモの仮想移動体通信事業者(MVNO)*として事業をスタートしましたが、当時は日本でしか通信できず、ローミングもサポートしていませんでした。いかにして世界各国で利用可能なサービスにするかが当初の課題でした。

MVNOとは

無線通信回線設備を自社で開設・運用せずに、移動体通信サービスを行う事業者のこと。他の移動体通信事業者から回線を借りるなどしてサービス提供を行う。

──世界の国や地域にどうやってサービスを拡大していきましたか?

海外のパートナー企業を開拓し、ローミング契約を結ぶ道を模索しました。相当に困難な道のりでしたね。その頃のソラコムはまだまだ認知度が低く、海外の通信キャリアと交渉しようにも、ほとんど取り合ってもらえませんでした。何度も断られながら、話を聞いてくれそうな企業を地道に探し続けました。

そんな中、ようやく契約してもらえるパートナー企業を海外で見つけることができました。その企業は「ちょうど自分たちも新規事業に取り組もうと思っており、アジア圏のパートナーを探していたところだ」と受け入れてくれたのです。

通信キャリアというと歴史ある企業が多く、なかなか調整が難しいイメージがありますが、その企業はスタートアップマインドを持っており、積極的に新しい挑戦をしているチームがいました。そして、ソラコムの目指す世界観やサービスのことを、高く評価してくれました。嬉しかったですね。その企業とパートナーシップを結んだことが、ソラコムのIoTプラットフォームが世界へと踏み出すきっかけになりました。

こうして海外でのローミングが可能になったのは、ソラコムが最初のプロダクトをローンチして1年以上が経過してからです。たとえ困難な道であっても、良質なサービスや技術を自分たちが提供し続けていれば、世界のどこかにいる誰かが良さを理解してくれて、共鳴してくれる人たちに出会える。そして新しい道が拓ける瞬間がある。そんな原体験となった出来事でした。

「シンプルに使えること」の重要性

──海外と日本の市場で違いを感じる点はありますか?

海外と一口に言っても国ごとに違いがあるため、私がいま居住しているアメリカについてご説明しますね。アメリカで強く感じるのは、組織内に優秀なエンジニアが所属している企業が技術系かどうかに限らず多いこと。そして彼らが、エンジニアの視点から見て良いプロダクトならば、積極的に採用する文化を持っていることです。

日本企業の場合、技術部門にあまりエンジニアが所属しておらず、プロダクト開発を外部のSIerなどに委託しているケースも多いです。そうした企業の場合、私たちのプロダクトの利点をすぐに理解してもらうことが難しく、導入に時間がかかってしまうことがあります。そのため、日本では我々もパートナー開拓をし、パートナー様を通じてエンドのお客様にアプローチすることが多いです。アメリカでは直接お客様と話ができる点では、スピード感の違いを感じます。

一方で、日本ではエンジニアの皆さんがドキュメントをしっかり読んでくれたり、自らベストプラクティスを調べたりしてくれますが、日本の外ではそこに頼れないと感じています。

私たちが扱っているネットワークコンポーネントなどもそうなのですが、扱うのに専門知識が必要な仕組みだったり導入のための手順が多かったりすると、「よくわからない。調べるのが面倒だね」とネガティブな反応が返って来たり、代わりに導入作業をしてくれないかと頼まれたりすることもあります。

だからこそ、アメリカで私たちのプロダクトを浸透させるには、使い手の努力に頼らなくても済むよう、なるべくシンプルに使える機能にすることが重要ということを学びました。

例えば、以前であればネットワークの専門知識を要する複雑なセットアップを伴っていたサービスも、それはそれでアドバンスドなユーザ向けに維持しつつ、共通で必要とされる機能についてはメニューから選択するだけで簡単に利用できるようなプロダクトに進化させてきました。誰でも簡単に利用できるよう、使いやすさや、直感的に使えることも意識してサービス開発にあたっています。

多様性のある開発チームを構築するために

──ソラコムは開発チームを多国籍化していることも特徴的です。リモートワーク前提の組織になっており、多種多様な国のメンバーが物理的な制約を受けずに働いているのだとか。

もともとソラコムは創業当初からリモートワーク前提の働き方をしていたため、どんな場所に住むメンバーでも受け入れやすい土壌はありました。最初は日本人のみで構成されていたものの、いつかは開発チームを多国籍化していきたいと構想していました。

──外国人のメンバーを最初に受け入れた際のエピソードを教えてください。

最初に受け入れたのは、現在もソラコムで活躍している Mason というアメリカ出身のソフトウェアエンジニアでした。彼は日本に住んでおり、かつ日本語でのコミュニケーションもできたため、お互いにハードルは低かったのです。とはいえ当時はまだ、日本語を母国語としないメンバーを開発チームに招き入れて業務が円滑に進むか、若干の不安がありました。

そこで正式入社前に、あるプロジェクトで彼に加わってもらい、試験的に開発を進めてみることにしたのです。その期間を設けることで、一緒に楽しく働いていけそうかをお互いに確かめることができました。そのプロジェクトが円滑に進んだ上、お互いに英語と日本語を交えたコミュニケーションが無理なく進むことを確認できたことから、大丈夫だと判断して彼に社員として入社してもらいました。

彼の加入後、彼の紹介も含めて少しずつ海外出身のエンジニアが開発チームに加わり、社員のダイバーシティ化が進んでいきました。そして、社内では日本語だけではなく英語も話されるようになり、言語の壁も徐々に減りつつあります。現在では日本だけではなく、複数の国に開発拠点が存在しています。

──読者の中にも、チームに外国人のメンバーを招き入れたいと考えている方がいるはずです。そうした方々に向けて、多国籍な開発チームをつくる上でおすすめしたいノウハウはありますか?

体制を急に大きく変えるのではなく、私たちの事例のように少しずつ新しい文化を取り入れていくことは大切だと思います。それから、社内で使われるドキュメントやタスク管理チケットの文面などを英語で書いておくことも有益です。いきなり全て英語にすることが難しい場合には、タイトルだけから始めても良いかもしれません。そうした事前準備をすることで、海外出身のメンバーが働きやすい環境になりますし、元からいる日本語を母国語とするメンバーも少しずつ慣れていくことができます。

また、拠点が複数国に点在している場合、普段は時差があるため非同期でのやり取りがメインですが、チームビルディングのために何かしらの方法でリアルタイムのコミュニケーション機会を増やすことも重要です。

例えば、スケジュールを調整してオンラインで1on1を行うというのももちろんですし。ソラコムでは、業務外の時間に他拠点のメンバーと雑談をしたり、オンラインでゲームを一緒に遊んだりすることもあります。そうした工夫は良いチームづくりのためには有益ですね。

──安川さんは現在、アメリカのシアトルで生活されています。サービス開発に携わるエンジニアが海外拠点に身を置くことの意義についても教えてください。

いくつか利点があると考えています。まずは、現地にいるユーザーの声を直接聞き、そのフィードバックをプロダクト開発に生かせることですね。日本の環境では発生しないような通信機器のトラブルなどを現地で体験することで、より効率的に機能改善や不具合解消に取り組めるという側面もあります。

また、私は2017年から拠点をアメリカに移したのですが、その後から現地ユーザーのフィードバックをより深く理解できるようになった実感がありますね。日本からでもインターネットを介して意見を収集できるのでは、と思われるかもしれませんが、少なくともそこまで私自身は器用ではなかったです。やはり現地でリアルに感じることでより強く意識づけることができているのだと思います。

──アメリカの他の都市ではなく、シアトルを選ばれたのはなぜですか?

シアトルがクラウドの総本山だからです。AmazonやMicrosoftの本社がありますし、他にも数多くの有名IT企業がこの街にはあります。クラウド・ソフトウェア関連のお仕事をされている方に遭遇する確率も高く、良い刺激をもらえます。

過去にはレストランで偶然知り合った方がエンジニアというケースもありました。それから、子どもが通っている学校の集まりでお会いした親御さんがクラウドベンダーやIT企業で働かれており、機械学習などの技術について議論されていたこともあります。プライベートでもそういった方々と知り合えるのは、非常に刺激的な体験だと感じています。

決して、海外は手の届かない場所ではない

──ソラコムは「IoTテクノロジーの民主化」を掲げ、誰もが簡単に活用できるIoTプラットフォームサービスの開発・提供に取り組まれてきました。現在、その目標をどれくらい達成しているとお考えでしょうか?

私たちが創業した頃と比べると、ずいぶん遠いところまで来たなと感じています。総契約回線数が300万を超えており、世界各国にユーザーがいる現状は、非常に感慨深いですね。この春にはガートナー社の2021 Gartner Magic Quadrant「マネージドIoTコネクティビティサービス」に名だたるグローバルIoT企業と並んで、初めて選出されました。

一方で、ソラコムが掲げている「世界中のヒトとモノをつなげ共鳴する社会へ」というビジョンからすると、まだまだ達成できていないことや挑戦すべきことも多く、スタート地点に立ったばかりです。これからも、日本も含めて世界中のどこでも簡単に使えるプラットフォームを目指して、プロダクトの改善を続けていきます。

──仮にビジョンを実現できたならば、どんな未来が実現できると思われますか?

私たちはIoTというコンセプトを通じて、誰もがテクノロジーに必要な時にアクセスして、考えたことを形にできる世の中にしたいと考えています。これまで、例えば各種IoT機器などを活用してシステム構築することは、ネットワークの専門家など一部の方々しかできませんでした。しかしながら私たちは、事業を通じてその敷居を下げてきました。現在は、ソラコムの各種プロダクトを活用してもらうことで、専門家でなくても簡単なIoTシステムを構築できるところまで実現していると思っています。

こうした改善を今後も続けていくことで、専門家でなくとも、優れたアイデアを持っている方々がやりたいことを簡単に実現できる世界になると考えています。

かつて、クラウドプラットフォームが登場したことでインフラを誰でも構築できるような世界になりましたが、同様のことをIoT領域で実現していきたい。その世界の実現を目指して、開発チームが一丸となって頑張っています。

──ソラコムと同じように、世界に通用するプロダクトを開発したいと考えている読者に対して、メッセージをお願いします。

世界を目指すというと、極めて大きなチャレンジだと感じてしまいますよね。「どこから始めたらいいだろう」とか「自分には無理ではないか」と不安になるでしょうし、私自身もかつてはそうでした。

考え方が変わるきっかけは、大学院時代の留学先での経験です。当時の私はネットワーク関連の研究をしており、アメリカのニューヨークにあるコロンビア大学の研究室に、10か月ほどお世話になる機会を得ました。アメリカに行く前はかなり不安が大きく、自分なりに研究はしてきたものの、おそらく自らのスキルは通用しないだろうと思っていました。

しかし、彼らとコミュニケーションをとっていくと、全くそんなことはなかったのです。研究室の仲間たちが学んでいる内容は自分にも理解できました。また、自分が何かを開発して彼らに見せると、「素晴らしいシステムだ!」と正当に評価してくれたのです。

日本で積み上げてきた努力は、必ず他の国でも通用します。世界を相手に勝負するというと、途方もなく高い目標のように思う方もいるかもしれません。しかし、恐怖心を乗り越えて一歩を踏み出せば、日本の優秀なエンジニアが活躍できる環境が必ずあるはずです。

私の日本の知り合いにも、私などよりずっと優秀なソフトウェアエンジニアやアーキテクト、プロダクトマネージャーなどの方々がたくさんいます。そして、彼らは絶対に世界レベルで戦えるプレイヤーだと思っています。

すでに日本のIT業界で活躍されている方ならば、必ず他の国でも何かのインパクトを与えられるはずです。ぜひ、さまざまなチャンスを生かしてください。そして、みんなで一緒に世界で通用するプロダクトを生み出していきましょう。

text:subaru nakazono