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サウナのある生活にIoTができること 「ONE SAUNA」とSORACOM

本記事は、ASCII.jp(株式会社角川アスキー総合研究所)に掲載された記事より転載/再編集したものです。
元記事:https://ascii.jp/elem/000/004/118/4118312/ 文:大谷イビサ 写真:曽根田元

国産初のバレルサウナ「ONE SAUNA」を展開する宮崎のLibertyship(リバティシップ)は、SORACOMのIoTを用いた新しいサウナの世界を実現しようとしている。サウナを愛するがあまり、バレルサウナを新規事業として立ち上げてしまったLibertyship 代表取締役 揚松晴也氏と、彼の世界観に共感してプロジェクトに参加した地方発のプロフェッショナルたちに話を聞いた。

ユーザー自身が組み立てられる国産バレルサウナ

 バレルサウナはサウナ発祥の地フィンランドに古くから伝わる樽形のサウナのこと。今回取材した宮崎のLibertyshipは国産初のバレルサウナ「ONE SAUNA」を展開している。

 今から3年前、同社がONE SAUNAの開発に至ったのは、シンプルに代表の揚松晴也氏がサウナが好きだったことが大きい。もともとバレルサウナ自体は海外からの輸入品があったが、より安価で地産地消のものを作りたいというピュアな野心から生まれた。加えてコロナ禍で公衆浴場のサウナを気軽に楽しめない状況が生まれたことも大きかった。「今後は1人で入ったり、知り合いと楽しむようなパーソナルサウナの時代が来るだろうなと。建物としてサウナを構築するか、テントサウナで楽しむみたいな両極端しかなかったので、中間のニーズをバレルサウナでカバーできると考えました」と揚松氏は振り返る。

Libertyship代表取締役 揚松 晴也氏

 現状、建物としてサウナを建てると、コストがかかり、不動産としての登録も必要になるため敷居が高い。もちろん、海外からの輸入品もあるが、当然ながら高価だ。一方、テントサウナは手軽だが、毎回設営しなければならない手間があり、しかも薪ストーブしか選択肢がないため、安全性にも問題がある。バランスのとれた選択肢がなかったというのが、揚松氏の見立てだ。

 その点、ONE SAUNAは分解してユーザー自らが設営できるのが特徴となっている。「IKEAの家具のような感じで、キットが届いたら、DIYで組み立てることができます。構造的にも釘を使わないで、バンドで締めているだけ。慣れている人なら2時間で組み上げられます」(揚松氏)とのこと。実際、ONE SAUNAをチームで組み立てて、自ら作ったサウナに自ら入るというイベントが行なわれたこともあるという。

 製造方法自体は海外で作られているバレルサウナと大きく変わらないが、利用する木材を工夫することで、重さは海外製に比べても1/4で済むという。クギも使わず、シンプルなのが大きな特徴だ。また、ONE SAUNAでは設備だけでなく、水風呂やたき火まで含めた「ととのうための空間作り」も提供している。

「単にサウナを作るのではなく地産地消とコミュニティづくりをやりたい」

 ONE SAUNAは個人で購入できる組み立て可能なサウナというだけではなく、地産地消の木材を利用している点、サウナのあるコミュニティ醸成を目的としている点も特徴だ。

 地産地消に関しては、宮崎県が36年間出荷額トップという地元の杉を使いたいという目的があった。揚松氏は、「今でこそウッドショックで木材価格も上がってきていますが、海外の木材に押されて、国産の木材が使われないというのは大きな課題でした。国産木材が使われないと林業が成り立たないし、林業が成り立たないと森林が維持できない。これを解決するには、やはりニーズを増やすしかないと思っていました」と語る。

 ユニークなのは、この加工技術や製品仕様を全国の木材加工業者にオープンに提供していることだ。「結局、林業の課題は全国どこでも共通です。だから、今は北海道、宮城、鳥取、香川、宮崎の5ヶ所で同じバレルサウナを製造してもらっています」(揚松氏)。

ONE SAUNAでは地元の杉を利用し、他の加工事業者にもオープンにしている

 サウナの先にコミュニティ醸成があるのも面白い。たとえば、経営者たちがゴルフにはまるのは、スポーツとしての面白さに加え、コミュニケーションの場として有効だから。実際にサウナの発祥地である北欧でも、コミュニケーションの場としてサウナが重宝されているという事実がある。「ゴルフの場合、100切ってないのに、90の人と回るのはちょっと……とみたいなスキルの差がありますが、サウナは上手い下手がない。フィンランドのことわざでも、『人はみな産まれながらに平等だが、サウナ以上に平等な場所はない』という言葉があります。サウナをきっかけに人間関係を拡げたり、深めたりするコミュニティができたらと思っています」(揚松氏)

 プロジェクトはハミダシ学園というオンラインコミュニティの「サウナ部」のアイデアを元に2020年8月から始動。137万円〜という価格だが、発売して約2年で、販売個数は70台ほどに達している。全体の約4割は個人ユーザーで別荘や社宅に設置。残りはB2Bでホテル、旅館、公衆浴場、キャンプ場などが導入しているという。1面をガラス張りにしたバージョンも用意されており、風光明媚な場所に設置して、屋外感覚でととのえるようにしたヴィラもある。

ONE SAUNAだけではなくととのえる環境やコミュニティが重要だという

 また、現地で組み立てられるというモバイル性を活かし、ONE SAUNAは期間限定のイベントでも多用されている。「HTB(北海道テレビ放送)様では、サウナのまち札幌を体感してもらうべく、社屋の27階の屋上や大通公園の展望台に設置してもらいました」(揚松氏)とのこと。メルセデスとコラボして、羽田空港に置いたり、逗子の海辺にあるカフェに設置したこともある。最近では、バレルサウナ複数台を設置したサウナヤードも設計しており、会社からもほど近い青島ビーチビレッジにはサウナ施設がオープンする。

リモートからの余熱のオンオフをアプリから

 現状、個別販売をしているONE SAUNAが次に目指すのは、「サウナのエアビー」「コインサウナ化」というサービス化だ。遊休設備になりかねないサウナ施設を効率的に運用するためには、遠隔で施設を運用管理できる仕組みが必要になる。この世界観を実現するために導入されたのが、SORACOMを用いたIoTになる。

 具体的には、スマホからONE SAUNAをリモートで余熱したり、温湿度に合わせて予熱時間も調整したいというのがニーズだった。「ととのうまでの面倒くささ」をアプリに任せてしまうというわけだ。

アプリから余熱をオンにできるONE SAUNA

 これをスタートさせるべく、揚松氏も「そもそもIoTとは?」みたいなところから調べた。「『IoT 作り方』みたいにググって調べたら、IoTってセンシングと制御、データをクラウドに上げる通信の技術が必要ということは理解しました。だったら、まずは通信をやっている人たちに聞いた方が早いと思ったので、相談しました」と、ソラコムのホームページから問い合わせた。

 プロジェクトは、ソラコムから紹介されたMAGLABとともに進めている。ソラコム アライアンスマネージャーの二神敬輔氏は、「当時、MAGLABさんもインテグレーションだけでなく、ハードウェア自体を手がける事例をいくつか持っていたので、ONE SAUNAの事例をスモールスタートするのに最適だと考えました」と語る。

 MAGLABの武市真拓氏は、揚松氏とミーティングを持ったが、ONE SAUNAの描く世界観に魅せられたという。「最初はリモートからの余熱のオン/オフだったんですけど、温湿度もとれますか? 水質も管理できますか?といった感じで、アイデアが膨らんでいった感じです」と語る。とはいえ、着地イメージがまだ固まっていたわけではないので、できるところから着実に進めるべくプロジェクトをスタートさせたという。

MAGLAB 代表取締役社長 武市真拓氏

利便性だけでなく安全性も重視 他メーカーとも連携

 ONE SAUNAのIoTシステムはMAGLABの「AirSTATUS(エアーステータス)」というセンシングプラットフォームを活用し、ガスや電気ヒーターに対して遠隔からのオン/オフや異常制御ができるようになっている。また、外気と水の温湿度もとれる。「外気温によって、どれくらい前から予熱すればちょうどよくなっているか違います。これを遠隔から確認できるようにすれば、エネルギーも最適化できますし、人手の節約にもなります」と武市氏は説明する。

 IoT化したもう1つの理由は「安全性」だ。揚松氏は、「サウナって楽しい反面、危ないモノだなとも思っています。熱源を使いますし、DIYで作ったサウナで実際に火事も起きています」と警鐘を鳴らす。その点、ONE SAUNAでは遠隔で火を付けることの重要性を鑑み、制御盤に自動で消火するタイマーを追加したり、Webアプリ側で稼働時間を定期的にチェックするようにしているという。

安全性確認のための青島にある実証実験設備

 IoTを実現する通信やクラウドに関しては、セルラー通信サービスのSORACOM Air、データ転送支援サービスのSORACOM Beam、データ収集サービスのSORACOM Harvest、ダッシュボードサービスのSORACOM Lagoonを採用。センサーから収集したデータをクラウドにアップし、見える化している。武市氏は、「いったんSORACOMプラットフォームでデータを収集し、最終的にアプリにつなげようとしています。でも、われわれは息を吸うようにSORACOMを使っているので、今となってはSORACOM導入によってどれだけ時間が短縮できたかはもはやわからないです」と振り返る。

 とはい、大変だったのはコロナ禍もあり、現地に行かない状態で開発を進めなければならなかったこと。「MAGLABのメンバーもほとんどリモート勤務なんですが、ガスや電気ヒーターなどの装置を直接見たり触ったりできたのは、私しかいなかった。本来、手元で確認すべき機器の動作や仕様を他のメンバーに伝えるのはとても大変だったし、失敗も何回か重ねました」と武市氏は振り返る。

 今回開発したサウナのIoTシステムは、ONE SAUNAのみでなく、多くのサウナ施設に開かれた仕組みになる。揚松氏の働きかけにより、サウナ設備業界最大手のメトスや、地元宮崎の九州オリンピア工業と提携し、さまざまなサウナ設備で利用可能になる予定だ。武市氏は、「たとえば、初期の頃はガスや電気のヒーターが点いているかを遠隔で知ることが難しかった。でも、揚松さんがメーカーに問い合わせてくれて、仕様の背景を理解いただくことでメーカーも対応を進めてくれるようになりました」と振り返る。

地方プレイヤーだけで回る新しいITプロジェクトの形

 ONE SAUNAのプロジェクトには、その世界感に共感し、さまざまなプロフェッショナルが参加している。IoTを用いた水質改善にチャレンジしているのが、金沢市を本拠地とするAQUONIA(アクオニア)の北川 力氏だ。「水風呂の水質という技術的な課題が挙がっていたので、『それだったら水のことしか考えていないプロがいますよ』ということで知り合いの北川氏を紹介しました(笑)」と武市氏は語る。

 AQUONIAの北川氏は、AIによる水質改善を提供するスタートアップのWOTA(ウォータ)の創業メンバー。北川氏が挑んでいるのは、水質改善の民主化になる。「水質改善の技術はこの20~30年、大きな進化がありません。こうした前提で、尖った技術を生み出すというより、安価なセンサーを簡単に使えるようにするのがわれわれのミッション。塩素や水温の管理を遠隔から行なえるようにして、プールや温泉などの管理にまで拡げていきたいと考えています」と語る。

AQUONIA 代表取締役 北川力氏

 その意味で、いわば水質改善インテグレーターとも言えるAQUONIAに期待されているのは、どんなセンサーをどのように使えば、正しくデータを収集できるかという部分だ。武市氏は、「安全かどうか判断できればいいので、研究室レベルの精度は必要ないんです。それをリーズナブルなコストで、かつメンテナンスがしやすいもの。この組み合わせを探してくれる業者さんって、AQUONIAくらいしかないんです」と語る。

 北川氏も揚松氏のビジョンに共感した1人。「地元の素材を活かすとか、他社にも情報オープンにしながらビジネスに進めていくといったやり方が、まさに自分がやりたいこととつながりました。正直、お2人ほどサウナに詳しかったわけではないのですが(笑)、プロジェクトを進めていくうちに、共感が深まってきました」と語る。

 とかく首都圏だけで完結しがちなIT業界だが、一次産業、二次産業を中心にしたIoTプロジェクトを取材していると、地方だけで充分回せる土壌がととのってきたと感じられる。IoTシステムに関しては、宮崎に本拠を置くLibertyshipのシステム構築に、高知のMAGLAB、金沢のAQUONIAが参加するという図式だが、前述したサウナのある空間作りや、地産地消の取り組みも地方プレイヤー同士のコラボで実現したもの。今後こうしたプロジェクトは当たり前になっていくのかもしれない。

サウナ人口は全国で340万人 サウナ文化を根付かせたい

 今回のプロジェクトは、単にIoTシステムを導入するだけではなく、同時進行で複数の目的を達成する必要があった。ONE SAUNAというプロダクト自身を進化させつつ、水質改善といった別のモニタリングを実現し、大手メーカーとの連携も必要だった。「どれか1つが進めばよいわけではなく、歩調を合わせて進化させる必要があります。こうした連携が僕らにとっても勉強になったところ」と武市氏は振り返る。

 IoTによるデータ収集で目指すのは温浴施設のDX化だ。人手での温湿度のチェックではなく、センサーによる計測や光熱費の最適化なども実現できる。揚松氏は、「今の『ととのう』って感覚的、定性的なものが多いので、今後はととのうの数値化を進めていきたい。外気温や室内温度などの環境データ、スマートウォッチなどでとったバイタルデータを掛け合わせることで、その日一番ととのう条件はなにかを提案していきたいです」と語る。

 日本サウナ総研の調べによると、サウナに毎週入りにいく人は全国で340万人近くいるという。このうち1/3が自宅にサウナを欲しいと考えれば、少なくとも100万人の市場は見込まれる。揚松氏は、「サウナ大国のフィンランドは550万人の人口に対して、300万戸くらいにサウナがあります。つまり、半分くらいの家にはサウナがある。僕らはサウナのある生活を目指しているので、別荘なり、ホテルなり、行く先々にサウナがあれば、それがハッピー」と語る。「ととのう」をもっと身近にするLibertyshipとその仲間たちのチャレンジはこれからも続く。

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(提供:ソラコム)